道東をもっと楽しむ Do-Life

MENU

釧路へ移住して塘路でペンションを経営する、ロックバンド『RED WARRIORS』小川清史さんのお話【後編】

2019.5.22

釧路湿原で “細な自然” を体感し、その後、塘路(とうろ)への移住を決意したという、バンド『RED WARRIORS』のベーシスト・小川清史さん。釧路湿原の素晴らしさを多くの人に知ってもらうため、現在色々な活動をしているそうです。そんな釧路愛に満ちた小川さんのインタビュー・後編をお届けします!

【取材協力】標茶町塘路「とうろの宿

前編はこちらから!!

地元の人にもっと知ってほしい《釧路湿原》の素晴らしさ

ーーカヌー以外で、ペンションのおすすめは何かありますか?

うちは冬しか夕食をやってませんが、冬の夕食は土鍋に鮭やいくらをちらした炊き込みご飯を出しています。家庭料理の延長みたいなものですが、できるだけ地元の材料だけでやるようにしています。いくらもうちで漬けてますしね。郷土料理なんかは地区でお葬式をやるときになんかに手伝いに行くので、いろんな先生たちに教わりましたよ。

ーー地域の繋がりがあるんですね。

東京に住んでる時は、こういった人付き合いは一切なかったですね。隣に誰が住んでいるかさえわかりませんでしたし。でもこっちでは運動会なんかを地域でやるんですよ。保育園から小中学校、敬老会も全部合わさってやるんです。新年会も地域でやるんですが、僕は総務部をやらせてもらっていて、カラオケの機械出したりしてね。僕みたいな移住してきた人間もいっぱいいますけれど、こちらから「僕はこういう人です」と自分から関わっていかないとちゃんと伝わらないんです。「あの人はああいう人だから」って勝手に思われちゃうんですよね。うちなんかペンションを建設していた時「ラーメン屋ができるんだ」って思われてましたからね(笑)。

ーーなぜ、ラーメン屋だったんでしょうか。

なんででしょうね(笑)、やはり積極的に近所の人に伝える機会がないと住みづらいですよね。だから宿としてどうこうではなく「RED WARRIORS」の木暮武彦さんが来て二人でライブなんかする時は「ライブやるのできてください」と近所のおじさん、おばさんたちに言って、来てもらっています。

夕食は6月〜10月の期間限定で予約をすれば食べられるそうで、地元の食材をふんだんに使っているそうです。

ーーこれから小川さんがやっていきたいことはなんでしょうか?

一昨年に釧路湿原30周年のイベントがあったんですが、僕も参加している釧路川カヌーネットワーク主催で「湿原の啓発」を目的としたイベントをやらせてもらいました。夏の臨時列車釧路湿原ノロッコ号が通る近くの川でカヌーに乗って汽車を見送ったりしながら “湿原を大切にしていきましょう” というイベントです。

30年くらい前、釧路湿原がラムサール条約に指定され、国立公園にも指定されました(1975年12月)。僕は当時のことは知らないですけれど、そういった動きで自然に対する考え方をみんなで頑張った時代があるんです。でも年を経るとやはり希薄になっていく。ゴミの不法投棄ですとか、立ち入り制限をしているところに入ってしまったり、問題がちょこちょこ起こってくるんです。僕たちは湿原の自然に接して色んなものをいただきながら仕事をしている。そういった点からみんなに湿原を知ってもらいたいと、道内のメディアにも協力していただいて開催しました。こういった活動を続けていきたいですね。ちなみに去年はTOYOTAさん関連で『TOYOTA SOCIAL FES 2018』というイベントをカヌーネットワーク主催でやりましたよ。

ーー移住してきた小川さんから釧路の方に向けてのメッセージはありますか?

一言ではまとめられませんが、地元の人ほど釧路湿原の素晴らしさを知らない人が多い気がしますね。地元の方に「便利な都会からなんでこんなところに? 何しに来たんだ?」って言われて「湿原、素晴らしいじゃないですか」と言うと「まぁ、綺麗だけどな」という感じで、やはり温度差はありますよね。中にはもちろん湿原や自然の素晴らしさ、釧路のいいところを沢山感じている地元の方もいるんですけれど、僕のことは物好きとして見られているでしょうね。

だから「ここにわざわざくる奴がいるんだ」っていうまずはそこからの認知をしてもらいたいですね。こんなところに僕だけじゃなく他からもくる人がいるんだってことを知ってもらって、地元にはきっと何かいいところがあるんだって思ってもらえれば嬉しいです。

日本ってなんでもかんでも都市部中心じゃないですか。でも東北や四国、九州だってそれぞれ素晴らしい。そういうところに移住している人たちだっているんです。移住した人たちは地元の人が気づいていないところに気がついて移住してるんだと思うんです。釧路だけではなくてね。だから、大山くんもこっちに帰ってくればいいのにね(笑)。

小川さんは『こんなところに道東人!』で以前インタビューを受けていただいた元「ZIGGY」の大山正篤さんとはバンド時代からのお知り合いだそうです。


ーー大山さんは、「帰りたいけれど帰っても仕事がない」とおっしゃってましたね。

それが最大の問題なんですよ、《雇用》という問題。北海道はガイド業、宿泊業、観光業といった、基本的には一次産業の島なんです。だから「北海道胆振東部地震」なんかがあると、サイズ感がわからない人たちが旅行をやめてしまったり北海道全域からお客さんがいなくなっちゃう。一括りで「北海道が大変だ!」ってなってしまうと北海道経済が危機に陥るんです。北海道は面積でいうと九州2つ分ですから、たとえば九州のどこかの県で地震がありましたとなって、その県から観光客がいなくなったという際の15倍程度の威力があるんですよ。

ーー大きさを実感したことがない道外の人は、北海道をひとつで括りがちですよね。

北海道の大きさは実感しないとわからないですよ。九州なんかはすぐに他の県に入るんですが、北海道はどこまでいっても北海道ですからね、ぜひそれを体験してほしいです。それと海も3つありますし、地域ごとの自然の素晴らしさも感じてほしいです。

東京では感じられなかったもの

ーー今後北海道へ移住する方へなにかアドバイスはありますでしょうか。

いろんな方に助けてもらって宿の方も10年以上やらせてもらっていますが、住んでみての生活の苦労が重なって初めて感じることができる《良さ》というものがあります。そういう感覚って東京ではなかなかないですよね。現金って面では隣人に世話になることはあるかもしれませんが、生活の面で世話になる支えてもらえるっていうのは田舎でしか味わえないですね。

移住に関しては最初の一歩をどう踏み出すのかが大事です。こちらへ来たばかりの頃はやはり東京の人たちとの縁は一度切れましたし、始めの1年は宿の建設のために独りで戦ってました。辛かったですよ、「自分はなんのためにここにいてペンション建設にいくらかかるんだろう?」って。なんのツテもなかったので建設するにも人伝いに紹介していただいたり、水道が凍ってどうしようとか右往左往しましたが、今となってはいい経験です。

ーー釧路へ来て、小川さん自身はなにか変化がありましたか?

僕自身はわからなかったんですが、バンドのメンバーからは「ベースの感じが変わった」とは言われました。いい意味で変わったようで、それがこっちに住んでなのか、僕自身が安定したのかはわかりませんが、ここの環境がそうさせたのかもしれませんね。

ーー今後また東京に戻りたいという気持ちはありますか?

ないです!(笑) 皆さんもぜひ釧路に来てほしいという気持ちだけですね。

釧路湿原に魅了されて数十年、そんな小川さんの「とうろの宿」は建設時の孤独を支え続けてくれた奥様と二人で経営なさっているそうです。ぜひ、みなさんも釧路湿原の自然を堪能しに「とうろの宿」を利用してみてください。小川さん、釧路愛に満ちたインタビューありがとうございました!



Profile
小川清史(おがわ・きよし)
1964年4月25日生まれ・東京都出身。
1985年からロックバンド『RED WARRIORS』のベーシストとして活躍。
2003年に北海道へ移住し、釧路市標茶町塘路で、
ペンション「とうろの宿」を経営。現在、カヌーガイドとしても活動している。

【釧路湿原とうろの宿】
住所:北海道釧路市標茶町塘路83-8
JR釧網線・塘路駅から徒歩約5分
施設:5部屋(愛犬と宿泊可能な部屋有り)、最大14人宿泊可能
6月〜10月の期間は夕食の提供可能(要予約)
宿泊者限定で湿原カヌーツアーも実施。
電話:0154-87-3655
Email:toro106@cpost.plala.or.jp
HP:http://www9.plala.or.jp/touro/index.html

Information
ーRED WARRIORS完全復活ー
『第1弾 “SWINGIN DAZE” 21st Centuryリリース30周年完全版ライブ』
6月頃開催予定

Officialウェブサイト「RED WARRIORS

この記事もおすすめ